先日、娘と出かけた帰りのことです。
たった一言の「ありがとう」をめぐる、小さな出来事がありました。でも私にとっては、この子の旅の種まきになったんじゃないかと思える一日になりました。
疲れた娘と、帰りの電車で
その日は一日じゅう歩き回って、娘はすっかり疲れていました。
帰りの電車で、ちょうど席が空くタイミングがありました。娘を座らせようと、空いた席の方へ移動します。
でも、そこには先に座ろうとしていた方たちがいました。日本語ではない言葉で話している、旅行中と思われるカップルです。
タイミングとしては、完全に向こうが先です。
ところが、私たちに気づいた男性が、嫌な顔ひとつせず、さっと席を譲ってくれたんです。疲れた顔の子どもを見て、すぐに判断してくださったんだと思います。
私はとっさに、日本語で「ありがとうございます」とお礼を言いました。
「ちゃんとお礼を言いたい」
席に座った娘が、しばらくして私に聞いてきました。
「ちゃんとお礼を言いたい。どう言ったらいいの?」
日本語では伝えました。でも娘は、相手に伝わる言葉で言いたいと思ったようです。
これは私にとっても、少し考える場面でした。
何と言うか、一緒に考えた
頭の中には、いくつもフレーズが浮かびました。もっと丁寧な言い方、もっと正しい言い方はいくらでもあります。
でも、大事にしたかったのは2つでした。
気持ちが伝わること。そして、娘が自分で言えること。
長い文章を教えても、緊張して言えなければ意味がありません。かといって、ただの「Thank you」だけでは、あの場面で感じたうれしさが伝わりきらない気もする。
そこで、こう伝えました。
「Thank you. I’m happy.」で通じると思うよ
文法的にもっと洗練された言い方はあると思います。でも、譲ってもらってうれしかったという気持ちは、これでまっすぐ届くはず。そして何より、娘が自分の口で言えます。
娘は座席で、小さな声でブツブツ練習していました。何度も、何度も。
下車のタイミングで、自分から
そして、カップルが降りる駅に着きました。
娘は、自分から女性の方に話しかけに行きました。
私は少し驚きました。私が代わりに言うこともできたし、座ったままお辞儀するだけでもよかった。でも娘は、自分で行ったんです。
覚えたての言葉を、ドキドキしながら、必死に伝えていました。
驚いた顔が、笑顔に変わった
言われた側は、びっくりした顔をしていました。
たぶん、想像もしていなかったんだと思います。旅先で席を譲っただけで、まさか小さな子がわざわざ英語でお礼を言いに来るとは。
でもその驚きは、すぐに笑顔に変わりました。
そして娘は——満面の笑み。
伝えられたホッとした気持ちと、自分の言葉が届いたうれしさ。両方が一気に来た顔でした。
カップルはホームに降りたあとも、電車に向かって手を振ってくれました。
私自身の記憶も、よみがえった
その光景を見ながら、私は自分の海外旅行を思い出していました。
言葉が通じない場所で、道に迷ったとき。何をどうすればいいか分からなかったとき。現地の方に助けていただいたことが、何度もありました。
あのとき私も、たどたどしい言葉でお礼を言いました。うまく言えなくて、それでも相手が笑顔で応えてくれた。その記憶が、旅の思い出として今も残っています。
今日の娘は、あのときの私だったのかもしれません。
これは、娘の旅の種まきかもしれない
娘にとって、学校の授業や教材ではない生きた英語に触れた、はじめての機会だったと思います。
そして、その順番が良かったんです。英語を勉強したから使えたのではなく、伝えたい気持ちが先にあって、そのために言葉を探した。
「ありがとうを伝えたい」という気持ちが最初にあったから、自分から聞いて、自分で練習して、自分で話しかけに行った。教わって覚えるのとは、まるで違う体験だったはずです。
このブログは「旅の種まきノート」という名前で、私はいつも行く前に調べて、計画して、種をまくことを書いています。
でも今回まかれた種は、そういう種類のものではありませんでした。帰りの電車の中で、たまたままかれた種。
いつか娘が自分で旅に出るとき、今日のことを覚えているかは分かりません。それでも、言葉が通じなくても気持ちは伝わると知ったこと。知らない人が親切にしてくれることがあると知ったこと。それは、きっとどこかに残っていく気がします。
席を譲ってくれた、あの方へ
最後に。
疲れた子どもを見て、当たり前のように席を譲ってくださった。突然お礼を言いに来た子どもに、笑顔で応えてくださった。ホームから手まで振ってくださった。
そのおかげで、私たちの帰り道はとても暖かい気持ちになりました。
日本を旅している間、あなたにも同じように親切な出会いがありますように。
それでは、よい旅を!


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